信じること、勇気を持つこと、与えること

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信じること、勇気を持つこと、与えること

2018年07月20日 金曜日

病気を治すことはできるのでしょうか?

私は不安で押しつぶされそうになってしまいます。何をしてもよくなる気がしません。このまま、もっと悪くなる予感しかしません。

 

何もする気がおきません。何もかもが嫌になってしまいました。誰にもこの苦しみはわかりません。誰も理解してくれません。

私にはもう、病気を治す力が残っていないのです。どうすることもできないのです。

 

誰か救ってほしい。誰かに助けてもらいたい。私にはもう力が残っていないのだから。

 

何をすればよいのかもわからなくなってしまいました。何をしてもだめだろうと思ってしまうのです。きっとよくならない。このままもっと悪くなってしまうだろう。それでも、それでも、まだ、何か、あるのかもしれない。でも、何をすれば。。

 

本当に出口はあるのだろうか、なぜか悪い方へばかり進んでしまう。悪い流れを変えることができない。やることすべてが裏目に出てしまう。家族や友人がいろんなアドバイスをしてくれるが、状況を打破することができない、却って悪化してしまう。人間関係も追い打ちをかける。周りの人々が自分を悪く言う。責める。そして私も感情的になり、ますますエネルギーが失われ、生きていくための活力も消えてなくなる寸前になっている。果たして私は本当に復活することができるのだろうか。

 

今がどん底であったとしても、必ず底まで行けば上がる日もやってきます。どんなにつらくても必ず復活する日はくるのです。

 

私の例で言えば、今日が底だと何度も思おうとしました。それでも次の日はまた落ちている気しかせず、何度もくじけそうになりました。自分はどこまで落ちるのか、転げ落ちていくような不安を抱え、希望を持つことが非常に困難でした。しかし、それでも、底はあったのです。ある時、私は底を蹴り上げるような感覚を得たのです。例えでいうとプールの底をキックして水面に浮上して行くような感覚、これまでの転げ落ちていく感覚よりはるかに速く浮上していく感覚を感じることができたのです。

 

その日以来、体調はどんどんよくなり、精神的にも安定していきました。必ず治る!という強い気持ちが出てきて、もう大丈夫だ!と自然に思えたのです。自分は勝った。乗り越えた。という気持ちも日に日に強くなっていきました。

 

私は数年に渡って転げ落ち、肉体は痛みや苦しみで骨と皮だけになり、ほとんど一日中寝たきり状態になりました。精神的にもとても苦しく、パニック障害、不安恐怖症を発症し、震えて耐える日が続いたのです。それはまさに地獄のような日々でした。一秒を繋いで、どうにか生きるしかありませんでした。なぜならあまりの不安に何度も死のうとしてしまう自分を抑えるのに必死だったからです。

 

こんな私がどうして復活することができたのでしょう。私はうつ病から始まり、胃腸障害、泌尿器系の不調が強く出て、さらに目や耳、歯の痛み、関節の痛み、骨盤内の痛み、違和感、そしてパニック症や不安恐怖症を同時に抱えていました。

 

人によって病気の深刻度は違いがありますが、私がお伝えしたいのはどんな状態であれ、必ず浮上するということです。人間の体はすごい力があるのです。どんな病気でも治すチャンスが必ずあります。大事なのはそのチャンスを生かすということです。

 

自然治癒力というと馬鹿にする人もいるかもしれません。昨今では自然治癒力を謳った自然療法、民間療法に頼ったばかりに治る病気も治らず、死に至ったという情報が広まりました。そのため、病気になったらおかしな療法に騙されず、病院にすべてを任せることが最善だと著名人によって発信されているのを見たことがあります。

 

大事なのは極端に判断しないことです。確かに病院治療を全否定する考えは私も間違っていると思います。しかし、自分の健康を医者任せにすることは絶対に間違っています。数ある治療法の中で自分が責任を持って選択することが後悔しない唯一の道であるのです。そして何よりも大切のは自分の心=気持ちです。心が動けば体も動くのです。心と体は本来一つなのです。今は心が揺れ動き、定まらず、不安定な状態だから体が不安定なのです。なによりも大切なのは自分の心を定まらせること、信念を持つことです。今回は私が治るきっかけになった心の持ち方について書かせていただきます。

 

 

病気を治すために、まずどうしても必要なのは「信じる」力です。信じる力は病気に対してだけでなく、人生のあらゆる局面において求められるものです。信じる力が欠けていると治る力は働いてきません。そして状況を打破することができずに同じところからいつまでも抜け出ることができないのです。

 

では何を信じるか、まず自分です。過去の自分がいかに信じられない存在であろうとも、今の自分を信じるのです。自分はまだ生きています。生きる力が与えられています。その力を信じるのです。自分の寿命はまだまだあるのです。死ぬかもしれないという思い込みを捨てて、自分は生かされている。その自然の力に生かされているということを信じるのです。

 

ほとんどの場合、病気への恐怖、死への恐怖に侵されてしまっています。しかしそれは思い込みです。怖がらずに自分の命を信じるのです。私が死ぬはずがないと思えれば病魔は近寄れなくなるのです。そして自分を信じるというのは根拠なく信じ込もうとすることではなく、自分がやっていることを信じるということです。自分が選択し、信念を持ってやっていることを信じることが動かないものを動かす大きな力に変わるのです。ですから何を選択したとしても心を揺れ動かさずに、信念を持って行うことが大切です。療法に対してもそうですし、健康法などに対しても言えることです。自分が努力して積み上げたものは必ず自分の力になってきます。

 

治る力というのは自然から与えられている力です。これは天地自然の気と言い換えることができます。気を学んでいる人からすればわかることなのですが、気というのは自分の中にだけあるのではなく、常に自然の気と交流しているものなのです。例えば海の水を手のひらで掬って、これが私の気だ、と言っているのが病気の状態なのです。自然の気というのは海の水と同じで、いくらでも自分の中に取り込むことができるのです。そのためには技術の習得が必要になり、習得度合いによって気が高まるのですが、まずは信じることです。信じるだけでも気が入ってくるのです。なぜなら自然の気と交流しているのが自然の人間の姿だからです。

 

気が交流できていない状態が不自然な状態なのです。その原因は分離です。自ら自然の気と分離してしまっているのです。自分が分離した存在であると思うことで、気の交流が断たれるのです。もちろん生きている限り気は入ってきます。しかしそれはとても小さな気です。病気を治すほどの気をとりいれるためには、自分自身が自然の気に戻り、一体感を取り戻すことが大事なのです。自然に沿った生活習慣、食生活、そして呼吸法によって気の交流を促します。そして恐れや不安、不信感から一体感の中にある「安らぎ」に心をシフトチェンジすることが大切なのです。

 

勇気を持つこと、これも病気を克服する上で不可欠です。勇気の欠如が今の状況から抜け出ることができない理由と言うこともできるのです。勇気がないと状況は変わりません。勇気は意識していないとどんどん失われてしまいます。

 

勇気は何のために使うのでしょうか?

 

「変わるため」に勇気を持ってください。人生に起こることはすべて二つに分けることができます。「変えられないこと」と「変えることができること」です。変えられないこと、は自分の課題ではないことです。他人の課題であったり、会社の課題であったり、国の課題であったり。

 

自分の課題であるか、それ以外の課題であるかを冷静に見極めることが大切です。人の課題に対して心を乱す必要はありません。配偶者がどうであれ、子供がどうであれ、親がどうであれ、上司がどうであれ、それはその人の課題です。自分の課題ではないとはっきりと認識し、どうにかしようと思わないことです。無視していいのか、そんなことはありません。例えばアドラーの言葉を借りるなら関心を寄せる、寄り添う、ということを核として、自立させるために必要なことだけを差し出すということになるのだと思います。この話は今回の趣旨とずれますのでこのあたりにしておきます。

 

「変えられないこと」に対して私たちができる最善のことは「受け入れること」です。

 

「変えることができること」は自分の課題です。他人の課題にばかり気をとられ、自分の課題に対しては取り組んでいなかったということはよく起きることです。そのため人間関係がおかしくなるのです。他人を自分が変えようとしたり、コントロールしようとするよりも、自分の課題を明確にし、しっかりと取り組むことに注力していれば、周りは必ず変わります。最善の状況が起きてきます。

 

「変えることができること」に対して「変える勇気」が必要なのです。この勇気が欠如していれば人生はよくならないし、勇気を持てば人生はすべて好転していくと私は思っています。そして病気を治すためにも必要な要素なのです。

 

勇気はいろんな勇気が必要だと思いますが、まずは過去を断ち切る勇気です。過去に振り回され、エネルギーを失ってしまっているのは「変える勇気」の欠如のためです。あらゆる過去に対して勇気を持って宣言します。「過去は存在しない」と。

 

過去は自分がないと思えばないのです。過去を大事に思い、常に過去に影響を受けてしまう生き方に終止符を打つ必要があります。実はほとんどの人間が過去に振り回されて生きています。また、それが人間だと勘違いしています。ですからあなたが今、過去を断ち切ることができたのなら、それはとても貴重な行動なのです。

 

なぜ、人は過去を大事にして影響を受けてしまうのか、それは一般的な常識がまだ過去を重視したところに向いているからです。例えばトラウマです。幼児期に虐待されたからそのトラウマのために自分は不幸になっている。自分は友達ができない。仕事ができない。という思い込みです。心理療法ではトラウマを癒す方法を目指すかもしれませんが、そんなことをしていては一生が終わってしまいます。大切なのはトラウマなどない!という事実に気づくことです。どんなつらい過去があったとしても、おぞましい体験をしていたとしても、その過去に影響をされて一生を終える人もいれば、まったく影響を受けずに生きる人もいるのです。つまり自分ですべては選べるのです。どのような人生を送るか、さまざまな出来事から何を得るか、人生にどのような影響を与えるかは自分で選べるのです。この選択する自由が常に与えられているということを深く知ることがとても大切です。この力こそが人間、そして人類が直面している深刻な現実を変えていくカギなのだと思います。過去に悲惨な出来事を体験していれば影響を受けることはあるでしょう。例え何十年も前の出来事であったとしても、今の自分が終止符を打つことができるのです。いつでもどんな人生を選択するか決めることができるのです。それが人間の持っている本来の力です。しかし何度も言うように信念、勇気、そして決意が必要です。一度でできなければ何度も試みるのです。

 

どんな悲惨な状況を体験したとしても、その後にさらに素晴しい人間性に繋げることができた人々の話をもっと知らなくてはなりません。こんなつらいめにあったから、その後の人生は苦しんだ。あんなことがあれば誰でもああなってしまう、などという間違った常識から思い込みを外さなくてはなりません。

 

過去にどのようなことがあったとしても、その過去に影響を受けたり、振り回される自分ではないのです。過去には力はありません。今を生きている自分にすべての力はあるのです。

 

自分が過去には振り回されないと決意した時、すべての過去は力を失います。そしてまったく新しい自分が常に存在しているということに気づくことができるのです。

 

過去に自分がしてしまったすべてのこと、過去に自分がされたすべてのこと、地球上に起こったすべてのつらい出来事、それらすべてをゆるします。

 

この宣言を毎日行います。ゆるしは癒しです。そしてゆるすということは技術です。ゆるすことができない、と思うのは能力がないのではなく、技術が足りていないだけなのです。恐れや不安は過去にしか存在していません。ですから根こそぎ過去を断ち切る必要があるのです。

 

自分に対する罪悪感、人に見てしまう罪意識、人類全体に続く罪意識、それらすべては過去に存在しているに過ぎません。家族に会う度、この人は過去にこんなことをしたと、いつまでも過去を反映して見てしまうのが人間なのです。自分はこんな人間だから、過去もそうだったから、と過去を引きずることでいつまでも同じループから抜け出ることができなくなるのです。

 

ここで大切なのは過去をすべてゆるすということは誰にでもできるということです。自分にはできない、と思うこと自体、勘違いをされているのです。必要なのは過去はないという本当の姿です。そして過去に振り回されるのは、長年の癖であり、それを払拭するのに多少の時間と努力が必要だという認識をすることです。

 

そして過去をゆるし断ち切るためにもっとも必要なのが「勇気」なのだと思うのです。勇気によって可能になるのです。

 

過去に振り回されない「ゆるし」のトレーニングを続けていると過去はすべて肥やしであると思えるようになります。もちろん素晴らしい思い出は、もっと意味のあるものになってきます。しかし、まずは過去に振り回されている、言い換えれば「支配されている」心の状態から抜け出る必要があるのです。

 

最後にお伝えしたいのは「与えること」です。

 

今がどんなに苦しくて、病んでいて、力が残っていないと感じていたとしても、無力感を感じていたとしても、あなたの現状を打破する最後のカギは「与えること」です。

 

家族は理解してくれない、何もしてくれない、自分は自分のことをするのも精一杯、人のことなんて構っていられない、あなたの話に付き合っている余裕はない、私は自分の心配で余裕がない。このような気持に心が支配されていませんか?

 

今がどんなに苦しくても、「与えること」を忘れないでください。夫や妻に笑いかけて話を聞いてあげましょう。子供に関心を寄せ、今日何があったの?と聞いてあげましょう。何も言えなくても笑顔で抱きしめてあげましょう。自分の体がつらくても人のために動きましょう。何かを手渡してあげる、体をさすってあげる、声をかけてあげる、できることを見つけてやってみるのです。

 

そんなエネルギーは残っていない、と思われる気持はわかります。そこをどうにか乗り越えて「与える」ことに注力してみてください。驚くことにエネルギーは湧いてくるのです。あれほどふらふらだったのに、人のために動いているうちにエネルギーが湧いてくるのを必ず感じるはずです。

 

これまでは自分の病気に対して心が奪われていたのです。病気が怖い、死ぬのが怖い、病気がつらい、あの人はどうしてあんななんだろう、あの人はひどい、自分は情けない、死んだ方がましだ、などと負のスパイラルに陥っていたのが変わるのです。

 

これまで不安に覆い隠されていた心の中に、わずかでも安らぎを感じることができるようになります。自分が何かを得ること、自分を守ることから、人に「与えること」に注力していると自然に心の中に安らぎが生じるのです。この安らぎこそが「癒し」なのです。この安らぎを見つけることができたなら、あなたはすでに底を脱しています。もう上がるだけです。ですから安心していいのです。

 

この「与える」ことをするためにも信じること、そして勇気を持つことが試されます。しかし必ずできます。底力を発揮するのです。まだまだあなたには力が残っています。自分でも信じられないくらい力が湧いてきます。そのためには「その気」になることです。本気になることです。自分の人生を賭けて立ち上がりましょう。自分を信じて、勇気を持って。