好転反応を乗り越えるために

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好転反応を乗り越えるために

2019年09月06日 金曜日

根本療法には好転反応(陽性反応)がつきものです。好転反応があるからよくなるのです。

薬などの対症療法は症状を取るための療法ですから、症状はすぐに楽になるかもしれません。しかしそれは根っこにある病気の元を相手にしているわけではないので、本当に良くなるものではないと言えるのではないでしょうか。

 

慢性病のほとんどは自律神経と血流が関係しています。それに体内に毒素が溜まることで病気になります。血流を改善し、自律神経を改善し、毒素を排出していく療法を受けると様々な好転反応が出てきます。人によっては悪化しているのではないかと思ってしまうような好転反応も出ることがあります。

 

好転反応は、痛みやだるさ、かゆみ、しびれなど様々な症状として出ます。本当に根本から病気を治したいのであれば多かれ少なかれ好転反応は覚悟しなくてはなりません。

 

私自身が難病になったときも好転反応がかなり強く出ました。そこからうそのように治った経験があり、好転反応については体験として深く知っています。

 

私の所に通われる患者さんで慢性病の方の場合、好転反応が強く出そうな人はそれだけ体内に毒素が溜まっている人です。闘病期間が長い、薬の服用が多様で期間が長い、科学物質の摂取、たばこ、アルコール、食生活の乱れ、運動不足などから予測できます。

慢性病や慢性痛を抱えている方でもその深刻度は差があります。半分以上の方は闘病が1年未満で、このような場合、好転反応はそれほど出ません。気づかない程度のものだと思います。ですから必要以上に最初から好転反応を恐れる必要もありません。そのことは後に書きます。

闘病期間が長く、場合によっては10年以上病院通いを繰り返し、薬の服用が長期間の場合、もしくは生活習慣の乱れやストレスでかなり身体を痛めつけていた場合、好転反応は強く出ることが考えられます。

 

私の場合も好転反応が強く出ました。私が乗り越えることができたのは、好転反応を深く理解し、膿を出し切るまでは我慢するしかない、後戻りしたくないという信念があったからでした。私も薬の乱用や食生活の乱れ、過度なストレスで身体に毒素がたくさん溜まっていると自分で思ってたので、毒素を出し切るのは時間が掛かると覚悟していたからです。

 

私は自分の身体が必要としている自然療法を必死で探しました。そして光線療法を見つけ出したのです。

またやるべき健康法を見つけ、必死に行いました。具体的には食事療法、運動、呼吸法などです。

 

私はこれに賭けました。毎日ひたすら光線を浴び続けました。必死で歩きました。食事も覚悟を持って習慣を絶ちきりました。それでも数ヶ月は悪化していく日々でした。痛みがたくさん出ました。鋭利な刃物で刺されるような痛みもありました。それでも私はどうなってもいい、これで死んでも構わないという覚悟を持って行ったのです。

 

私と同程度の好転反応を経験せざるを得ない場合、これ以上進むかどうか、勇気を試されます。それは先の見えない崖に飛び込むようなものです。この先に確実にゴールがあるかどうかなど、誰にもわからないのです。

 

果たして好転反応なのか、この先に治癒はあるのだろうか、このような疑問に答えはありません。私が断定することはできませんし、私はしません。自分で選択するしかないのです。私もそうしました。信じて下さいと、誰かにお願いされた訳ではありません。自分自身の信念、身体の声を信じて、これに賭けようと覚悟を決めたのです。

 

 

なぜこのようなことをあえて書くかというと、慢性病もかなりひどい状態であると、このような覚悟が必要になるのです。

 

仕事もできなくなってしまうほど慢性病が悪化し、病院治療に希望を持てなくなった人が、知人の勧めで光線療法を始めることがあります。光線療法を本気で勧める知人は、「すぐにはよくならない、徹底的に根気を持って続けなくては意味がない、その過程では好転反応が出て、つらい時期を乗り越えなくてはならない」このようなことを伝えることでしょう。それを聞いて、他に選択肢のあるうちは多くの人は二の足を踏みます。そして他にやれることがない、という状況になって初めて光線に本腰を入れることがよくあるのです。

 

とはいえ光線を続けたからと言ってすべての病気が治るとは限りません。これは誰も断定できることではありません。大切なのは自分の体について理解し、何が原因で病気になったのかを謙虚に受け止め、光線療法について、好転反応についてを自分で勉強し、なぜ光線療法をやり続けるのかを自分で納得して行うことです。もちろん最初は半信半疑で構いません。体験してみなければわかるわけがないからです。

 

しかし、自分の体であり自分の健康ですから、自分で責任を持つ必要があります。人が言ったから、勧められたから、では揺らいでしまうのです。病や不調の原因に根本から向かい合いその場しのぎの治療ではなく自分を再生させるための療法を自ら選ぶとき、人は自分の奥に眠っていた底力を知ります。

自分が恐怖心を手放して、好転反応に対しても身構えずに向き合えたとき,好転反応でさえも変容していくことでしょう。最初に好転反応を恐れる必要がないと書いたのはそのためです。

痛みやさまざまな不快感はそのまま行けば生命の危機に陥るときに生体が正常な状態になろうとする修正力の証です。体が本来持っている治癒力を発揮し再生しようとしていることを感じ、必要以上に恐れずに受け入れるとき、痛みの質は変わっていくのだと思います。

その上、光線療法はとても気持ちの良い療法です。多くの方は初回から心身の緊張や冷えが溶けていくのを感じます。そして回数を重ねるごとになんとも言えない心地よい眠りを体験するようになります。その感覚は神経の休まらない病の最中に、安らぎをもたらし、多くの方に好転反応を耐える力を与えるのだと思います。私の場合、心身共につらいかったとき、シャワーのようにひたすら光線を浴び続けました。それしかできなかったのが、逆に幸いしたのです。

 

私たちが病むということは、それまでの自分を振り返り、何を選択してどう生きたいのかを迫られる、自らに与えられた成長のチャンスなのだと、私は自ら病むことを通して学びました。