病気を治せるのは自分しかいません

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病気を治せるのは自分しかいません

2019年06月30日 日曜日

私は「光線療法を受けていれば必ず前に進みます。余計な事を考えずにただ続けていてください。光線に身も心も委ねていてください。」と多くの患者さんに説明してきました。

 

そして何もできない時は何もしなくていいのです。治そう、治そうと力むよりも、任せることで得られる安らいだ気持ちが癒やしを生むのです。と伝えてきました。

 

当院に通って下さった方々にはもう少し深くお話を進めていきます。その中に病気を克服する極意があるのです。そのことを今回は書いていきたいと思います。

 

病気になった時に治る人と治らない人がいます。その違いは自分の意識にあります。いくら生活習慣を見直しても食事をよいものに変えても、価値のある療法を繰り返しても治るためには意識が大切なのです。

 

私の病気はとても重いものでした。決して死に至る病気では無かったのですが、あまりのつらさ、苦しさに自ら死を選んでしまいそうになるほどのものだったと思います。肝心な脳が誤作動を繰り返し、元々あった秩序が崩れていく苦しさ、不安は体験した人にしかわかりません。さらに24時間続く痛みで全く気の休まらない状態になりました。

 

私は最悪な状態の時に光線療法に出会い、ただひたすら照射を繰り返し、体を温め、血流を改善させていきました。氷のように冷たい手足に徐々に血が通い出し、内臓も少しずつ元気になっていきました。

 

しかし私が完治することができたのは光線療法を受けていたからだけではありません。光線療法は確かに強力な助けとなりました。どうにもならない状態から引き上げてくれました。しかし治癒の秘密はそれだけではないのです。

 

私は自分自身の意識に変化をもたらしました。そのことによって癒やしが起きたのです。自然治癒力が何倍にもなってダメージのあった体は癒やされいき、不安恐怖症でさえ治っていったのです。

 

まず大切なのは病気になった原因を他人や環境のせいにしてはいけないということです。病気になったのは自分に責任があります。その事実から目をそらさず受け入れるところから始まります。

 

なんでこんな病気になってしまったのだろう、原因がわからないのです。私は運が悪い、なぜ私だけがこんな目に遭うのだろう。

 

このような気持ちで過ごしていては癒やしは起きません。病気には必ずメッセージが隠されています。それが怪我であっても同じです。そのメッセージに気づくことができるのは自分しかないのです。

 

自分以外の他人が自分と同じだったり、もっと意識が低くて(もしくは無意識)病気でなかったとしても、それは本来関係のないことなのです。結びつけてしまってはいけません。

 

食事の不摂生や運動不足、疲労、化学物質の摂取なども難病の原因になりますが、長く慢性病を患っている場合、精神的な問題が原因の根底になっていることがよくあります。

 

このような場合は逆から考えれば治る病気なのです。どうしても治らない病気ではなく、意識の変化に伴い癒やしが起きる病気だと考えられます。

 

私は長年の経験からそれがわかります。治る病気なのに自分で癒やしを起こせない、逆に痛めつける悪い方向へ流れて行ってしまっているのです。

 

すべての病気を治せるのは自分しかいません。その力が自分の中にあるのです。その力に気づいていない、もしくは放棄してしまっているところに一つ目の問題があります。

 

病院に頼り、薬に頼り、この病気を治してくれるいい医者、薬、治療師がいるはずだ、それを見つけなければいけない、多くの人が探しているのだからこれも競争だ、早くが探さなくては力尽きてしまう。このように自ら自然治癒力を放棄してしまっている人が実に多くいるのです。なぜなら意識が外に向いてしまい、自分の中にある自然治癒力の存在を無視しているからです。自然治癒力が働かない理由について気づくこともなく、あてにもしていません。自分を救える力は中にあるのにそれに気づかず、外にしかないと思い込んでいます。これではやがて力尽きてしまいます。

 

自然治癒力しか治すことはできません。これがまず一番に知らなくてはいけない法則です。

 

そして自然治癒力はその存在を認め、意識を向けること、決して奢った心からではなく、自然に対する畏怖の思いから見るのです。

 

もう一つの重要な法則は自然治癒力は「やすらぎ」「静けさ」の中で湧き上がってくると言うことです。

 

安らぎや静かな心が癒やしの極意ですが、ここで大切なのは「自分の心は安らいでいない、安らぎなんか得られない、今の私には無理だ、こんなに痛いのに、こんなに病んでいるのに、安らぎを感じる、心に静けさを持つなんて無理だ、それが癒やしの法則だとしたら、私には無理だ、例えば10秒くらいなら感じる時もあるが、多くの時間は不安でいっぱいなのだから」

 

このようなことをおっしゃっていた方が実際にいました。

この言葉の中にヒントが実はあります。

 

安らぎや静けさは24時間持たなくてはいけないなんてことはありません。

 

きっと半分以上は持つ必要があるなんていいだすんだろう、きっと四捨五入して多い方が勝つんだろう、なんて思わないでください。

 

10秒なら持てる。これがひとつの答えです。10秒でもいいのです。それを意識的に深く質のよいものにしていきます。そしてそれを一日に10分持てるようにしていきます。それを可能にしていくのは心境ではありません。克己心や精神力でもありません。技術(テクニック)です。

 

そして私がお伝えしたいこと、それはテクニックを覚えれば、そして意欲さえあれば誰でもできるということです。

 

どこにいようが、お金がなかろうがそんなことは関係ありません。ストレスの強さ、苦しんでいた長さ、カルマの種類、トラウマの強さなど、それらは一切関係ありません。

 

これらを問題視すること事態が謝りなのです。

 

自然界と自分の一対一です。心を落ち着かせて、自分の心を見つめるのです。決して自分の心の中を「いい悪い」と判断してはいけません。ただ、通り過ぎるものとして自分は動かず、自然に消えていくのをただ待つのです。私に言わせれば、その間に自然死したとしてもよい所にいけます。あせらず、時間はいくらでもあるという気持ちで動くことを止めるのです。

 

そうしているうちに自分の心が客観的に見えてきます。いかに心が落ち着いていなかったか、あらゆることを否定して、受け入れようとしていなかったか、自分を嫌い、人生を嫌い、自然を恨んでいたかがわかります。それらを問題視せず、ただ眺めます。自分は観察者だと思ってただ見ていて下さい。

 

これを繰り返していると自分がなぜ病気になったのか、病気にならなければならなかったのか、なぜ治らないのか、なぜ苦しんでいるのか、少しずつ紐解けてきます。これは誰にでも自然に訪れる癒やしです。

 

すると比例して身体、心の病が自然に消えて行くのです。

 

これは私自身が体験したことです。うちに来られた方の中で多くの人がこの「真の癒やし」を必要としており、私は決して無理に押し売りすることなく、呼吸法や瞑想の大切さ、今ここを大切に生きることの大切さなどを伝え、個人指導しましょうか?とタイミングを見つけて誘います。

 

私の言葉の中に深いものを感じ取ってくださり、そこから自分を癒やすことができるようになる方は希です。多くの方は呼吸法は知っている、瞑想はなんか苦手、座禅なら習ったことがある、などと受け入れてくださりません。

 

私は決して無理にとは思いません。ですから伝えられなくても仕方ないことだと思っています。

 

自分の心の中に平安、やすらぎ、静けさなどを持つようにして下さい。例え多くの時間が不安や怒り、あせりなどで覆われていたとしても、わずか10分でも意識的に自分の中にやすらぎを感じることができれば、そこから事態は好転してきます。自分の意識が変わるというのは高い心境になることや、何かを得ること、生まれ変わることなどと、難しく考えないでください。それを前提にしてしまうと誰も癒やしには至りません。

 

それよりも今の状態をあるがままにただ受け入れる、眺める、客観視する、そして自分は逃げず、戦わず、何かを変えようともせず、ただ動かず静かな心でその場に居続けるのです。

 

決して恐れずに、恐れがでてもその奥にある静かな心を見つけてください。すぐに感情に流されてしまうことがあっても、あきらめずに何度も試みてください。やっているうちに感情はただ表われて消えていくもの、それを見つめているのが本当の自分だとわかってきます。

 

どんなに苦しい感情も、抑えきれない不安や複雑な気持ちも、自分自身がそれを自分から切り離す時期がきたと自覚することができれば、消えていきます。一生苦しまなくてはいけないなどと思い込む必要はありません。

このようなテクニックは指導を受けることで誰にでもできるようになります。ご興味のある方はお問い合わせ下さい。