ストレスは特にないのですが

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ストレスは特にないのですが

2018年09月04日 火曜日

このようにお答えになられる方がいます。

 

病気になった原因についてヒアリングさせていただくのですが、心の問題というのは病気と深く関係しています。

 

心の問題について触れる時、ストレスという言葉を使いますが、「ストレスは感じないんだけどなあ」、とおっしゃる方が少なくありません。

 

以前、慢性疼痛、うつ症状で通われていた男性もストレスは感じない、仕事も定年したし以前のようなたくさんの仕事に追われることもないし、会いたくない人と会う必要もなくなった。責任感からも解放され、満員電車からも解放された。気ままに生活させていただいているので、ストレスというのは思いつかない。会社に勤めていたころはストレスがあったが、今のストレスなんて比べようがない。このように言われました。

 

病気に陥る心の問題というのは、一般的に理解されているストレスでは説明することはできません。もっと根本的で、深いところで起きている心のゆがみなのです。

 

この男性の方に電話がかかってきて、施術中に受け答えされているのを見ることができました。内容は書きませんが、先方に対してイライラしていることが口調から読み取れました。

 

この男性は仕事を引退され、いわゆるストレスから解放されたと思っています。やらなくてはならない仕事をすること、長時間の束縛に耐えること、たくさんの人間関係を上手にやりくりすること、プレッシャーに耐え、成果を出すこと、これらに比べたら今のストレスなんて、そう思われていたのです。

 

心が病んでいく原因は複雑です。本当はシンプルなのですが、病んでいる方が自分を理解するのは簡単ではありません。

 

仕事のプレッシャーや人間関係が苦しくて、仕事がきつくて過労になり病んでいく人はいます。しかしどんなに忙しくて大変な仕事を抱えていたとしても病まない人もいます。その違いは何か?心の持ち方です。

 

心の持ち方によって病む人もいれば病まない人もいるということです。どんなに大変な仕事を抱えていたとしても、どんなに気楽な生活を得ようが、その状況の中で「どのように思うか」「どんな行動をするか」は自分で選択できるのです。

 

心の持ちよう、使い古された言葉です。なんだそんなことかと思わないでください。心の持ちようというのは健康や幸せになるカギです。しかしそのカギをどのように使えばよいのかは分かっているようで分かっていないのではないでしょうか。

 

引退をされて仕事から解放されたことに対して、寂しさ、むなしさを感じる人もいます。誰も頼ってくれなくなり、話を聞いてくれなくなり、自分の存在意義が希薄になっていく、このようなことに大きな喪失感と漠とした不安を感じる人もいます。

 

充実していた日々と比べ、物足りなさを感じ、生きていく意味を見失う人もいます。そのような生活の中で不安を感じる人もいればイライラしてしまう人もいるのだと思います。

 

心というのは潜在意識の影響を受けます。寂莫とした思いが募り、生きがいを見つけられずに死への恐怖や、病気の不安などが少しづつ溜まり、いつの間にかため込んだ感情のエネルギーによって病気が現れるのです。

 

病気の不安があると病気に対する情報に敏感になります。病気のことをインプットすればするほど潜在意識に不安が溜まり、常に重苦しい気持ちをどこかに抱えながら生きるという悪循環を作ってしまいます。

 

悪循環は不安だけでなく、不満や怒りなどにも繋がってしまいます。世の中がつまらなく、狂っているように見えてしまうのは自分自身の潜在意識がそのように見せているに過ぎませんが、本人はそう思わず、充実した気持ち、安らぎなどとかけ離れた世界に入り込んでしまうのです。

 

現在がどのような状況であったとしても、自分の心がすべてを決めることができます。環境のせいで病気になったと思っている人がいたとしたら、それは考え直す必要があります。なぜなら病気を根本的に治す唯一の方法が自分の心の変化だからです。

 

どんなにつらい状況におかれても病まない心を持つことができるのが本来の人間です。それどころかさらに人間性を高めることを見せてくれた人々もいます。過去にそれを証明した偉大は人たちは存在するのです。私は恵まれた環境をいただきながら、自ら不安やいらだちをため込み、病気になってしまいました。その根底には甘えや自己中心的な考えがありました。どん底までいかなければ気づくことができなかったのですが、本質は自分の心をごまかさずに見つめることです。そこからいつでも這い上がることができるからです。

 

世間一般的には外的な要因によってストレスは作られ、それにさらされていると認識されがちです。しかし満員電車に毎日乗ろうが、徒歩で通勤していようが、自宅で仕事をしていようが本質は別のところにあります。自分が何を感じ、何を思い、行動することを選択しているかということです。つまりストレスという言葉を越えたところに病気に陥る心のゆがみが存在しているのです。

 

ストレスはないのだけど、と言われながらも私にはこの男性が不安を常に抱え、不満を募らせているように思えました。自由気ままな生活であったとしても心に影は忍び寄ってきます。誰にも認められなかったとしても、心を通じ合える友達がいなかったとしても、計画通りものごとが進まなかったとしても、すべてはありのままに受け入れるしかありません。選択肢は二つです。受け入れることで安らぎや平安を選ぶか不満を選ぶかです。いつでも安らぎは訪れるのです。そして不満は不安やいらだちを作り出し、病気の根源になっているのです。

 

不満のエネルギーに自分を支配させてはいけません。いつでも終止符を打つことができます。そのためには自分が選ぶという意識を強くもつことが大切です。選択する自由が与えられているということを思い出さなくてはなりません。ゆるせない出来事や人がいたとしても、今の自分がゆるすことで終止符を打つことができます。ゆるすことはできない、ゆるしたらいけない、認めることはできない、このような価値観は自分を苦しめるだけです。認めるのではなく自分が自由になるために許すのです。手放すのです。

 

現在、病気で苦しんでおられるのなら自分の心の状態に気づいてください。自分が苦しんでいるのはトラウマのせいだ、過去にあんなことがあったから、私の人生は狂ったままだ、このように思っている人がいます。そしてトラウマを癒すカウンセリングをする人がいます。私は声を大にして言いたいのです。トラウマなどない、そんなようなものに力があると思い込み、自ら過去にこだわっている生き方に終止符を打つべきだと。

 

過去は自分がないと思えばないのです。トラウマなど今すぐに笑ってごみ箱に投げ捨てましょう。自分の目の前で肉親が殺されても、まったくゆがまずに愛に生きた方もいるのです。周りの価値観ではトラウマは力があり、そんな経験をしたのなら立ち直れなくて当たり前だと言うでしょう。しかし周りの価値観が間違っているのです。苦しみが続き、生きるのも精いっぱいという状況の中でも絶望しないという選択はできるのです。

 

最愛の人と別れ、すべてを失ったとしても希望を選択することができます。そして自分の心が不満に支配されずに安らぎを感じていれば必ず状況は変わってくるのです。陰極まれば陽となる。何をせずとも陽は昇ってくるのです。