今回はトラウマについて書いてみたいと思います。
トラウマによって病的で重苦しい人生を生きてしまっている人が多くいます。トラウマは人生を狂わし、身体的な痛みやうつを長年に渡って引き起こしてしまいます。このトラウマが心や体を病的にしているのは事実で自覚がない人も、恐れが強い不安が強い、病弱であることの根底にトラウマが横たわっていることが多くあります。
トラウマは強い精神的なショックが伴う出来事によって潜在意識に入り込みます。多くの場合、死ぬのではないかと思うような出来事、例えば自転車や車での事故、航空機内での恐怖体験、人から受けた暴力や性暴力など幼少期から青年期に起きてしまった出来事から人生を狂わしてしまうことがあります。
また自覚がないトラウマとしては出産時のトラウマがあげられます。出産の際に難産で身体的にも負担がかかり、それによって身体がねじれてしまう、頭蓋骨がゆがんでしまうなど、その体験を潜在意識に覚えていることがあります。母親の胎内においても母親の健康状態、精神状態が胎児には大きなトラウマになることがあります。ストレスが強かったり、夫婦間の仲がうまくいっていなかった、薬やアルコールなどの影響もあると言われています。
また幼少期において両親から受けるトラウマも人生に大きく関わります。私たちは親の影響を強く受けざるを得ない状況で人生を始めなくてはならないのです。
青年期に限らず暴力を受けたり精神的な苦痛を受けたりした体験は体にしみ込んだまま、生命力を阻害します。ストレスに弱くなり、慢性的な痛みや病気を抱え込んだまま浮上することができない人が多くいます。
トラウマは現在の健康状態に複雑な形で影響を与えてきます。欲に流されて生活が乱れる、人格におかしなところが現れる。自分はどこかおかしいと思っていても根っこのところのゆがみ、ねじれが健康的な自分を遠ざけてしまい、どうにもならなくなってしまうのです。
トラウマに健康を阻害されているのは事実だと思います。しかしこのままでいいのでしょうか。多くの人はどうにかして健康になりたい、何も恐れず外を安心して歩きたいと思っていると思います。しかしまた、このままでもいい、どうせ変わらないと消極的になってしまっている人もいます。
自分が苦しんでいることが復讐になると潜在的に思い込んでいる人もいますし、病気のままでいたいと複雑な欲にかられている人もいます。トラウマはとても重い感情の塊で普段は潜在意識の中で寝ていますが、何かあるとすぐに浮上してきて自分の心をめちゃくちゃにしてしまいます。そしてある程度状況を破壊し終えるとまた眠りに入っていきます。
本人からするといつトラウマの感情が目を覚ますか、それが恐怖につながります。またこのシチュエーションは私のあの感情を起こさせてしまうと体験としてわかっている場合もあります。
多くの感情はおさえられない怒り、責める気持ち、強い恐怖心、投げやりな気持ち、深い悲しみなどとして現れます。その感情が現れてきている時は自分を見失い、抗うことができなくなってしまいます。家族と言い争いしたり、誰かをひどい言葉で傷つけないと収まらないこともあります。やがて正気をとり戻した時は後悔に襲われますが、どうすることもできません。そのつらい感情が消えたのではなく、またやってくるとわかっているので自分は無力だとだんだん思い込んでいくのです。
では私たちはトラウマから一生解放されないのでしょうか、いつまで苦しまなくてはならないのでしょうか。実は私もつらいトラウマを抱えていましたが、そこから健康を取り戻した一人です。
トラウマには大小があるのは事実だと思います。私のトラウマが大きかったのか小さかったのか、それはわかりません。ただ私はどんなにつらいトラウマでさえも必ず克服できるということをお伝えしたいのです。
なぜそれが可能かと言いますと、トラウマは潜在意識に組み込まれた記憶と感情の塊です。その潜在意識に振り回されるのが人間ではあるのですが、潜在意識は変えられるのです。
なぜなら人間の本質は潜在意識ではないからです。潜在意識が肉体に現れます。そのためトラウマを持っている人は身体にそれが現れます。骨格のゆがみ、内臓の硬直などに現れます。それが生命の働きを妨げるようにしていまいます。呼吸が浅くなったり、胃腸が過敏だったり、心臓や脳に血流が行かなくなったり。
しかしその身体的なゆがみでさえ人間の本質ではありません。それを本質ではないと見抜くことで解除していくことが可能になるのです。
そのためには何をするか、まずは身体のゆがみ、硬直をゆるめていきます。これは部分的な処置ではなく全体的な調整でなくてはなりません。全身を循環する気の流れを調整するように、滞っているところをリリースしていきます。すると患者さんの生命の力が強くなり、内側から治ろうとする力が湧いてくるのです。この内側からの生命の力は生きている限りだれにもあるのですが、トラウマによって循環が阻害されうまく流れなくなってしまいます。これは例えば仙骨や胸骨など特定の骨に出ることもあれば横隔膜などの筋肉、胃などの臓器に出ることもあります。
これを解除するために整体で徒手療法を行います。とてもやさしい手技を患部に行いますが、これはテクニックではなくて自然の力、癒す力を施術者である私と患者さんが一体になり共鳴することで、波動レベルで調整されます。
このレベルで調整をしなければ改善することはないと私は思っています。そのため施術者は繊細な手技ができるように日々訓練が必要になります。私の場合、瞑想、呼吸法、体操などを数時間行うことで感覚を養うようにしています。
この身体的な調整は実は潜在意識にも通じていきます。感情の塊を包み込むように同化していくのです。すぐには消えていかない場合もありますが、心と体はあるべき姿を思い出すことで、自ら修正していくようになります。心と体は一体です。身体が癒されると心も癒されるのです。そして内側にある生きる力を呼び起こしていきます。
ここで大切なのは患者さんの意志です。まず健康への意欲を持つことが大切です。気力を失った状態ではなかなか内なる生命力が湧いてきません。また人に頼る気持ちばかりでも時間がかかります。
また患者さんが心を開くことが重要です。心を閉じたままではどうしても制限が生まれます。怖がらずに受け入れてみる、あるがままを感じてみる、少しでも心を開いてみる。
確かに怖くてどうにもならない時もあります。それでも何度も心を開こうとしてみてください、少しでも、絶対大丈夫、何もせず受け入れてみよう、抵抗している心に気づいて少しでも開けてみるのです。
トラウマに対してありのままを直視して観察することも有効です。何があったのか、その記憶、思考が浮かび上がってきた時に逃げようとせず、見てあげるのです。つらい感情が沸き上がってきた時、その感情をそのまま感じてあげるのです。決して逃げようとせず、見ないように背を向けず、また心の奥に追い込もうとせず、そのままあるがままの姿を見てあげるのです。紙に書いてもよい結果がでます。そのままつらい体験を書いていきます。
見ている私が本当の私です。思考や記憶、感情は私ではありません。それを観察しているのが自分だとわかった時、つらい記憶や感情は変換されるのです。
とても大切なこととして、怒りや悲しみ、くやしさ、復讐心、攻撃心、恐怖心などは本来の生命の中に存在していないということです。私たちを生かしている自然の生命の本源にはそのようなものは存在していません。では何があるか、愛という人もいます。生きる喜びだけがあるという人もいます。ただそこに光がある、という人もいます。永遠に変わらない普遍的な生命のひびきだけが宇宙そのものだという人がいます。
私もそうだと思います。自分を病めるもの、不安恐怖のあるもの、怒りや悲しみの感情で生きているものであると思わないでください。そののようなものは人間の本来性ではないのです。
それがはっきりとわかると、つらい感情は必ず消えていきます。存在をゆるされることはないのです。そしてそれにとって代わって生きる喜び、生かされている安心感、生命に対する信頼が復活してくるのです。この生命に対する信頼感は心に安定と平和をもたらし、いつでも安らかな状態でいられる自分を作り上げます。それが私たちの本質であり、苦しんで生きることが私たちの生きる目的ではないのです。
トラウマは根深いものであることがあります。それはカルマを伴うものです。確かにそれはあるかもしれません。あると言っても本質的にはないのです。カルマを理解することが悩み苦しみからの解放には大切だと発信している人がいます。多くの宗教家はそこに自分の存在意義を求めます。しかし本質はカルマはないのです。カルマを認めながらもそれは身体、心のレベルで起きる現象に過ぎないということを見抜き、人間の本来性はそれさえも影響を受けないゆるぎない愛であること、生命の本当の力はあらゆるネガティブ性に影響を受けないものであることを私は伝えていきたいと思っています。
トラウマは克服できます。しかし根っこから抜いてしまうためには、身体、潜在意識、そして霊性にアプローチすることが大切なのです。これがわかれば何も怖くなくなります。
霊性にアクセスするためには難しく考えないことです。考えてできることではありません。心というのは顕在意識の思考、潜在意識の記憶や感情です。この心の外にある生命の本源が霊性へのアクセスポイントになります。そこに行くためには心で行くのではありません。心の外にあるため心からは入れないのです。心を静止させ、現在にある感覚にその入り口があります。つまり心よりも身体に入り口があると思ってください。心の中を探しても霊性を体験することはないと思うことが私は大切だと思います。霊性は実際には心と離れているものではありませんが、心は自我意識のフィルターを強固にしており、真の生命の神秘から離れているのが実情なのです。霊性が真の人間の本質である体験を深めていくと心の中に霊性が流れ込んできて、想念自体が洗い清められてきます。それは淀んでしまった川に源流から清流が流れ込んできて豊富な水量(生命力)と透明感を復活させるのと同じです。
そのため私の施術は身体を入り口として生命の本源とつながることを意識して行います。ヨガを本格的に行っている人はわかると思いますが、ヨガの本質もつながるということです。
わざわざ過去の記憶を呼び起こすやり方は賛成しません。そんなことをすると混乱が生じてしまいます。心が心を癒すことはできないのです。心を癒すのは心の外にある生命のひびきであり、それが霊性です。それによって生かされている私たちは本当はいつでもそこに戻って、心からの安心感を感じて生きることは可能なのです。心はいつでも欲を持ちます。その欲は尽きることはなく、時として人生を狂わし健康を遠ざけます。その欲が不安、恐怖を呼び起こし、怒りや悲しみとして姿を変えます。人生において欲張りになることは本質から遠ざかることなのは間違いありません。しかし私たちは心を持ち続けるためにこの欲をコントロールする必要があります。欲を完全に無くすことはできませんし、それをしようとすれば幸せから、本質から遠ざかる結果になると伝えているのが仏陀だったりします。
私たちはこの事実から何を学ぶべきか、欲はそこそこにする。行き過ぎた欲は持たないという中道をよしとし、本質である霊性の中に真の生きる喜びがあると信じて自然との調和を意識することではないでしょうか。
トラウマに関しては一冊の本にしても足りないくらい書くことがあり、ここに書いてある情報は決してすべてではありませんが、本当に苦しみから抜け出たいと思われている方にとって何かの参考になっていただければ幸いです。もっと詳しく知りたいと思われた方はぜひ当院へいらしてください。
またここに書いてある内容はあくまでも私個人の感想に過ぎませんので参考になると思われた方のみお読みください。